部下の涎。
涎。ヨダレという字はこうだったかなとデスクの上にあったメモ用紙にぼんやりと書いてみた。今朝から気になっていた言葉だ。何故だろう…。あくびを嚙み殺し社内を見渡した。いつもなら活気のある時間帯だが、今日はオフィスの空気が違う。気が抜けているのである。まったくシゴトに身がはいらない。同僚も外出したままで帰ってこない。どこかできっと道草してるにちがいない。緊張感のカケラもないその原因はあきらかだ。実は今日から部長が突然有給休暇を取って、不在なのである。前代未聞、空前絶後。ジブンに厳しく(他人にもっと厳しく)、会社一筋30年。休まないことで有名だった部長が、なんと休みをとったのである。しかも10日間も。昨日の会議の席で休暇をとる旨を本人が我々部下たちに告げたが、休む理由はあかさなかった。しかし、俺は知っている。数日前のことだ。たまたま部長とふたりで残業していた夜、部長宛に一本の電話がかかってきた。友人からだった。「もう毎日、早寝早起き…、体調を万全にしておかなくっちゃね…、ホントかよ、おまえ、マイジョッキを持って行くのかよ…、ガハハハハ…」さぞかし気分が高ぶっていたのか部長の声はよく聞こえた。その時の会話を整理すると、こうだ。飲み仲間といっしょにビールの本場ドイツに飛んで、連日連夜レストランをはしごして地元のビールをかたっぱしから飲みまくるという、なんともシンプルかつ豪快な旅の話だったのだ。その時は、いつかかなえたい夢の話かと思ったが、間違いない。部長は、実行したのだ。ホントに行ったんだ…。電話の最後の会話を思い出した。「重たい大ジョッキを片手にソーセージにかぶりつくとね…」。いつもの生真面目な表情と違って、雄々しかった。今頃、部長は…。そう思うと、突然、ヨダレがでてきた。こころの底から男たちの旅がうらやましいと思った。
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Creative Director + Copy Writer:松木圭三
Creative Director + Art Director:副田高行
Designer:有田紀子

